2011/12/9
私は、人を幸せにできる人になりたい
京王プラザホテル
フランス料理アンブローシア 日向 泉さん
夢が叶ったのに、胃が痛い毎日
- 写真:王プラザホテル フランス料理 アンブローシア 日向泉さん
京王プラザホテルの入社面接の際に「フランス料理のアンブローシアで働きたい」と言い続けていた日向泉さん。
幸運なことに、入社1年目にしてアンブローシアへの正式配属が決まった。あれほど夢に見ていたアンブローシアだったが、初めは上司皆が怖く見えた。そして始まる現場の仕事。調理師学校ではコンクールに出場していたこともあり、ちやほやされていたが、プロの現場では包丁を持って構える姿勢から直された。コールドキッチンとデザートを任されたが、やりたいことなのに不安だらけで胃が痛かった。アイスクリームがうまくすくえなくて、レディボーデンを買ってきて自宅で練習をしたり、ハッピーバースデーの文字がうまく書けなくてチョコペンで練習したりした。そして確実に1つずつ仕事を覚えて行った。
“これは私だけのコンクールではない”と感謝の思い
ある日、「トック・ドール料理コンテストに出るか?」と佐藤シェフに尋ねられた。仕事もまともにできないのに、コンクール?と思ったが、日向さんは持ち前の負けん気の強さで「出ます」と答えていた。休みを返上し、コンクールの練習の日々が始まった。空いている宴会場の厨房などで練習をした。
料理人の仕事は意思決定の繰り返しだ。スピードと正確さは実践を繰り返す中で身につく。最初はできなくて当たり前。しかし、なぜできないのかと考えながら挑戦し続け、できると自信になる。日向さんは、まず料理を作り上げることに集中し、次に時間内に作りあげることを目標に、作業工程の時間割を書いた。そこで失敗したら直した。7時間という長いようで短い時間の中で孤独と戦いながら、練習を続けた。途中、何度かアンブローシアの佐藤進一シェフや先輩シェフが様子を見に来る。多くの人たちのサポートを受けながら、日向さんは次第に“これは私だけのコンクールではない”と感謝の思いを抱くようになる。結局、7時間のフル練習を合計10回以上こなした。
佐藤シェフは自分の経験を活かし、若手がコンクールに挑戦する際の支援チームのリーダーを務めている。「職場の理解とチームとして支える仕組みが大事」と言う。
- 写真:第22回トック・ドール料理コンテスト表彰式にて審査員や一緒に闘った東京代表の吉村幸修さん、山﨑真由さんと共に
第22回トック・ドール料理コンテスト表彰式にて
審査員や一緒に闘った東京代表の吉村幸修さん、山﨑真由さんと共に
失敗してもあきらめず、日頃の教えを守る
2011年2月14日、第22回トック・ドール料理コンテスト本選当日、日向さんは、前菜の豆腐のムースを冷蔵庫内で散乱させてしまった。悔しさと情けなさで涙が止まらない。その後の日向さんは、まるで幽体離脱(佐藤進一シェフ談)したかのように、ゆっくりと調理を進める。シェフの心配をよそに日向さんは、日頃、佐藤シェフに言われ続けている「提供前にお皿の景色を見ろ」という教えまで忠実に守っていた…。結局、すべての料理が時間オーバーで提出され、チームを組んで日向さんを応援してくれた佐藤シェフや岡本真也さんの顔が浮かんだ。1人で戦ったわけではない。そう思うと涙が止まらなかった。
品川プリンスホテルでの表彰式。沈んだ気持ちでいた日向さんの名前が呼ばれた。賞は全日本司厨士協会会長賞。信じられない気持ちで壇上に上がった。翌日、審査員から「途中からよく立て直し、最後までよく頑張った。何よりもおいしかった」と告げられた。佐藤シェフから常に言われていた。「たとえコンクールでも料理は料理。おいしく作らなければ意味がない」。ここでも普段の教えが生きた。
コンクールから5カ月後の現在の日向さんは「おいしいものを食べた時、人は幸せになると思うんです。私は、人を幸せにできる人になりたいです」と夢を語る。その隣で佐藤シェフは「日向はコンクールに出場したことで、目標を立てられる人間になった。そしてこれからも頑張り続けられる自信を身に着けたと思います。料理人には、人間力、理解力、そして努力し続けられる能力が必要です。どんなに偉くなっても、一皿一皿に気持ちを込める料理人でいてほしい」とエールを贈った。
- 写真:中央の日向泉さんの手の動きは
現在夢中になっている手話で「ありがとう」の意味
中央の日向泉さんの手の動きは
現在夢中になっている手話で「ありがとう」の意味