2017/8/10
それでも、気ままな旅はやめられない(6)
ムッシュー酒井の ど~もど~も No.46
旅は10日目。前半はガソリンスタンドのストライキで一波乱あったが、運よくストは早期収束。走行距離は2200キロを超えた。昨年はマルセイユから小国アンドラ経由ピレネー山脈越えをしてスペインにちょっと足を踏み入れたので、今回はコート・ダジュール経由でイタリアまで足を伸ばそうとニースに向かう。エクス・アン・プロヴァンスの山側の高速道より海岸線に沿って行けば小さな田舎道で時間がかかるが、途中軍港ツーロン、サン・トロッペ、サン・ラファルなど魅力的な街や景色の良い保養地を経由する。2時間ほど走り、往年の美女ブリジット・バルドーの別荘で有名なサン・トロッペで海を見ながらの昼食。コート・ダジュールでは太陽の料理と称される陽光をたっぷり浴びた野菜、ハーブが信じられない美味さ。ギャルソンがテーブル脇で大きなパニエ(籠)に山盛りの「グラン・クリュディテ」の新鮮な野菜、ハーブを切り分け、丸のままの「的鯛サフラン煮込み」を手際よく取り分け、たっぷりのタプナードを添えてくれる。ランチにしてはちょっと贅沢、もちろんお供のワインも1~2杯は許される。昼食後は海を見ながらのドライブで、夕方にはニースに着いてしまった。
ニースには元プリンスホテルにいた親友のジョゼ・アリミや愛弟子のKeisuke Matsushimaがいる。電話をしたら松嶋くんは自宅にいるとのことでニース泊を決める。1年ぶりの再会は彼の自宅でご招待のディナー。昔話や今のフランス料理の話に花が咲く。シャンパンにお手製のアミューズ、ニースを代表するラタトゥイユが傑作。翌日は、近くといってもお隣の国イタリアVentimiliaのメルカート(仏マルシェ・市場)を早朝案内してもらう。モナコを経由して30分弱で、国境もパスポートの提示もなく、いつの間にかイタリア入国。市場での朝食は思いっきり美味しいエスプレッソにサンドイッチ。午後は一人でニースの朝市を見学。松嶋宅でご馳走になったラタトゥイユのうまさに感激、丸や黄色のクールジェットは知っていたが、昨晩いただいた30~40センチにまで育つ細長い(太さ3~4センチ)クールジェットを日本で育ててみようと縞インゲンとその種、そしてアブサン(酒)の購入。ニースに2泊したので旅の残りはあと6日間。ここまで海岸線をたどってきたので、帰りは山沿いのルート、エックス・アン・プロヴァンス、アヴィニョン、リヨン経由でパリを目指すルートを予定。旅の前半はまだ何日間も残っていると余裕だが、半ばを過ぎると、あと何日で旅は終わりと、残り日数を気忙しく計算するようになる。
前回寄れなかったリヨンの手前ヴァンスの街でミシュランの星を獲得した日本人伊知地くんのレストランに寄り、翌日はヴァエランスの市場見学。(前夜は応援の意味で伺ったのに逆にすっかりご馳走になってしまった。ありがとう伊知地くん)。マルシェではエストラゴンの苗と籠に盛られているトリュフの中で一番大きなやつを一つ購入。近くこの街にマダム・ピックのレストランができるそうだが、マルシェでは伊知地くんが大人気、ボンジュール ムッシュー・イチジとあちらこちらから声がかかる。彼はこの街が誇るミシュラン1星のシェフなのだ。
ここまでは順調な旅。ロワール河目指し北上、ムーランで素晴らしいホテルを見つけ1泊。この地方は仔牛料理が多く、再び懐かしい仔牛の頭料理とサンセールのワインを堪能。朝早くのプティデジュネは、たっぷりのアプリコットジャムにカフェ・オレが1日の活力を与えてくれる。シャロレー牛も多く見かけるようになり、小高い丘の葡萄畑地帯を抜けると広大な大麦畑が地平線まで広がる。素晴らしいパノラマが広がっているので写真でも撮ろうかと思ったら、急に雨が降ってきた。結構激しい雨でワイパーを最大にしなければ視界が開けないが、国道であまり車が多くないのが幸い。2時間ほど走ると雨も止み、小さな村を通りかかると村の中心の大きな教会に続く森の中でお祭りを見つけた。民族衣装をつけた土地の人のダンス、小さな蚤の市、車の横に調理台を作り、ブーダンノワール(豚血のソーセージ)の即売、屋台のサンドイッチ、子供の遊戯施設など賑やかそう。興味が湧いたので、教会の広場に車を停めて覗いてみることにした。森の中をゆっくり20分も歩けば全て見られるほどの規模だが、半分も回らぬうちに再び雨が降ってきた。今度も激しい。慌てて車に戻り濡れた体をタオルで拭き、止みそうにない雨を恨みながらこの村を離れることにした。ところが、車のキーを回したがエンジンがかからない。普通、車のエンジンのかかりが悪くてもキーを回せばブルルン~と多少はエンジンが回るものだが、全く反応しない。バッテリーが上がったのかと見たが、バッテリーは十分な残量で燃料も満タンに近い。何度キーを回しても反応しない。今時車の故障なんてありえない。雨は激しく降っている。さあどうしようか、車を捨て鉄道でパリに戻るか、この雨の中傘もないし、重いトランク2つを抱えどうやって駅を見つけようか…頭の中にいろいろな対応策が駆け巡る。勝手気ままにルートを選んできたので、自分がどこにいるのか正確には分からない。しばらく待って再度キーを回すが、全くかからない。今まで順調だった旅が終盤に入って、車のトラブル、そして豪雨に見舞われたのだった。パリまであと290キロ。
- 酒井 一之
さかい・かずゆき
法政大学在学中に「パレスホテル」入社。1966年渡欧。パリの「ホテル・ムーリス」などを経て、ヨーロッパ最大級の「ホテル・メリディアン・パリ」在勤中には、外国人として異例の副料理長にまで昇りつめ、フランスで勇名を馳せた。80年に帰国後は、渋谷のレストラン「ヴァンセーヌ」から99年には「ビストロ・パラザ」を開店。日本のフランス料理を牽引して大きく飛躍させた。著書多数。