2010/10/12
『いまヘスティアのかまどは……』
木沢武男著
上巻 料理人と仕事、下巻 メニューの考えかた
モーリスカンパニー発行
上巻3000円、下巻3500円
- 上巻 料理人と仕事
- 木沢武男氏
若い人へ、料理人の必須条件とは何か
真っ白なコックコートを着て、高いコック帽を被り、すっと伸びた姿勢でお客さまをお迎えする。ホテルという大きな組織で総料理長を務める人にはどこか共通の穏やかな雰囲気がある。大勢の人を動かし、束ねるためには、料理の技術だけでなく、人間的な魅力が不可欠なのだろうとずっと思っていた。本書を読んで改めて総料理長の懐の広さを知った。
昭和59年(1984年)、木沢武男氏へのインタビューを基に翌年出版された本書は今もなお、多くの料理人に愛読されている。「ヘスティア」とは、公私のかまどを司るギリシャの女神のことだ。
本書の著者である木沢武男氏は、大正6年(1917年)に東京で生まれ、16歳で洋食料理人を志し、20歳で東洋ホテル料理長に抜擢された。サリー・ワイル氏が初代総料理長として横浜にあるホテルニューグランドの指揮を取ると知り、再び修業の道を志した。後にホテルニュージャパンの料理長に就任、昭和42年には東京プリンスホテルに料理長として迎えられ、その後、取締役総料理長として全国のプリンスホテルの料理人を育て上げた人物だ。
その木沢氏が、料理人を志す若い人へのメッセージに始まり、料理長、セコンドの役割や心の持ち方について、1つ1つ具体的に触れていく。料理人である前に職業人としての必須条件について、「健康なからだと、精神の統括力と、努力による職業上の勉学。この3つがそろったらなんの職業に就いても大成する」と語る。さらに料理人には、「つくるものへの愛情」のプラスαが必要だと。また、ホテルの厨房には各セクションごとにその分野の専門家が大勢いる。求めさえすれば多く学べる環境であり、積極的に生かすべきだと若者に説いている。
料理長、セコンドの役割とは何か
木沢氏は上に立つ料理長の役割を、料理の管理、人間の管理、数字の管理とし、次のように語る。「『人間だれしも、幸福でなければならない』のと、『人間も組織も、生きつづけなければならない』との、ふたつのテーマを、ひとりひとりに対して考えることです」。セコンドや各セクションのチーフの力を借りながら、大勢の人間の個性を把握し、将来を見据えるまなざしには、愛がある。上の者は、部下の動きを「チェックとウァッチ」し、間違えていたら修正すること。セコンドは、料理長の言ったことを完全に忠実に遂行すること。そして部下の人心を掌握するという大きな役目がある。木沢氏は、自分の仕事を持ちながら上にも下にも気を配ることは大変なことと前置きした上で、「それまでを料理技術のトレーニングとすれば、ここはトータルのトレーニングと考えればいい」と言う。下巻では、時間帯、客層、目的に応じた具体的なメニューの作り方について詳しく述べられている。
上巻の扉にはこう書かれている。「もしも今、ひとりの若い人を、ありったけの精魂をこめて、料理人に育て上げるとしたら、日々の仕事のなかで、こんな話をするかもしれない。そしてこういう話ができたら、うれしいと思う」と。
実際に木沢氏の下で修業したある料理人は言う。「今でも多くの方が木沢氏を慕っているのは、大御所と言われ、業界でトップ五指に数えられる、いわば雲の上の人が、何のてらいもなく部下の心情をくみとって声をかけてくれる『愛情』にある」と。年齢、キャリアに関わらず、料理人として日々を精一杯生きている人が、迷ったり、行き詰ったりした時に本書を開けば、優しく、そして鋭く、応えてくれるに違いない。
※購入を希望される方は、(社)東京都司厨士協会、佐藤までご連絡ください。
TEL03-5473-7261