2009/6/22

東京シェフズ掲載の釜石キャビアの読み物から

「キャビアとチョウザメの関係について」

食彩職才

 国産キャビアの可能性を探る!


 日本の鉄鉱石採掘量の豊富さで栄えた岩手県釜石市、今では輸入にシフトしたこの産業にあって、人口も10万人から3万人に減少したこの地で新たな挑戦をする男たちがいる。釜石キャビア株式会社(山元一典代表取締役)。第三セクターとして発足した同事業を2007年7月に地元有志が中心となって再スタートを切った。
 すでにその認知度は全国に広まっている、国内初「国産キャビア」作りである。
新日鉄釜石工場の敷地を利用してチョウザメの養殖を始めてから21年。同市の町おこし事業として、県と市で取り組んだ一大プロジェクトは苦労の連続であった。
 まずチョウザメの生態そのものがの未知の生物である。軟骨魚類チョウザメ科に属し、生きている化石とも呼ばれる古代魚。海に住み、産卵の為に川をさかのぼる。乱獲と環境の悪化で数が減り、その卵から作るキャビアはご存知の通り超高級品と化している。
 チョウザメ類ほ尾ひれの形がサメに似ているが、エラの穴が左右に一つずつしかないことや卵が小さいこと、いわゆるサメ肌でないことでその違いが判る。全長数m、体重1t以上にもなる大型種から全長30cmまでの小型種まで世界で10種類以上いる。
 稚魚は3ヶ月ぐらいまでその地にとどまり、幼魚となって川を下り、洲で数年過ごした後、海に移り住む。
 天然では9~15才で産卵期に入って川をさか上る。そのころには体重の1/3を卵が占めている。
 主産地はカスピ海、黒海、アムール川など北半球の熱帯以外の所に限られている。
 日本のチョウザメは全長1.5mぐらいになり、北海道の石狩川、天塩川などに上ってきたが、近年はまぼろしとなった。

 そんなチョウザメと悪戦苦闘し続けているのは、釜石キャビア株式会社・吉田桂一事業部長だ。地元の工業高校を卒業して、元新日鉄釜石工場で鉄を相手に汗を流していた吉田青年のところにこのプロジェクトの話が舞い込んできたのは今から21年前。なぜ俺が!という気持ちとヨシ、ヤッテヤロウ!という気持ちを抱えながら勉強と研究の日々がスタート。アメリカ、ヨーロッパ、もちろんロシアと研修を重ねながら人生を賭けてきた。その苦労苦悩は図り知れないものであった。人工ふ化から卵を持つで8年。といっても決してその通りではない。
 サメとは違うといっても狂暴そうなイメージを持たす姿とは裏腹にチョウザメは至極精細で神経質なのだ。また、前述したようにさまざまな種類があり、それごとに性格が違う。縦10m、横5m、水深1mぐらいのプールにはオスが、直径5mのプール4つには、それぞれ年齢別にメスが泳いでいる。
 青年からオジサンになった吉田氏の苦労の甲斐があって今では、12歳以上体重20k以上のアムール種から収穫される卵径3.4mm以上の「大粒アムールキャビア」、8歳以上6k以上の「アムールキャビア」、9歳20k以上のシロチョウザ
メキャビア」、7歳5k以上のベステル種(ベルーガ系雑種)の「ベステルキャビア」、ロシア皇帝ニコラスII世が好んだ卵径2.0~2.7mm灰緑~茶緑色の一口食べるとキャビアの全てを知る「コチョウザメキャビア」まで年間70kの収穫が安定するまでになった。
 現在国内でチョウザメの養殖は多くの県で取り組んでいたが、キャビアを生産するまでには至っておらず、キャビア作りのパイオニア、チョウザメ博士の同氏を遠路訪ねてくる人は多い。

キャビアの話の前にチョウザメの魚肉について聞いてみた。まずはアムール種:キャビアには一番適しているが身のほうは、スジばっていてちょっと抵抗感があるとのこと。スモークにしてもしゃぶしゃぶにしても美味しいのは、キャビアとしては、イマイチだがシロチョウザメが脂がのっていて一番とのこと。
 オセトラグリルとメニューにのるオセトラ種は胡椒を効かせたソースで中々美味。キャビアを優先に考えるが、オスの魚肉の製品化も同時に考えなくてはならない
というバランスがビジネスとして判断が難しいところである。
ちなみに卵を持たないオスとメスの比率は、オスが54%、メスが46%である。
 これはどんな種類でも共通している統計で自然の摂理とは摩訶不思議である。


 さて釜石キャビアの特徴はまず一つに、「完全養殖による一貫生産」:チョウザメだけの専用養殖場とし、他の養殖場に持ち出さない、持ち込まないこと。これにより、生産履歴の明確化が出来、安全で安心な商品を提供できること。 
二つ目に「種の選別と管理」:キャビア生産上有用な種類の選別と系統管理保存で次世代につながる持続的養殖が可能。
そして三つ目に「オーガニックな生産」:魚病薬、ホルモン剤等を一切使用せずに飼料安全法に定められた飼料で養殖することである。特に地下51mから汲み上げられる天然水は名水として名高く「仙人の秘水」というネーミングで販売されている地層と同質の地層から汲み上げられ、ソムリエ界でもテイスティングには一番と言われているピュアな水である。
蛎は森で作られると同じくまさにキャビアも森で作られるのだ。
 こだわりはそれだけに留まらず、より良い卵質を採取する為にその時期の適切な判定と源卵の均一化による「完熟のキャビア作り」、専門員による手作りで「キャビアと対話するもの作り」、日々熟成変化し続けるキャビアはもっとも美味しい時期にマイナス196度で瞬間冷凍し、輸入される低温殺菌とは風味が違う「フレッシュ・キャビア作り」を掲げる。相性の良い塩の研究、塩加減、漬け込みの安定など改良には余念を残さない姿勢に本当に美味しいキャビヤを作りたいという熱意が伝わってくる。

 別れ際、「人生賭けてる甲斐がありましたね」と声をかけると「そんな~、人生賭けてませんよ~」と笑顔がこぼれる吉田おじさんイヤ、キャビア博士の情熱にいつか「釜石キャビアは世界で四番目の珍味」と称賛される日が来るであろうと思う。


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